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カリフォルニアワインを中心にして長いことお酒を楽しんできました。これからはヨーロッパのワインやお酒を楽しむことに軸足を移していこうと考えています。
ローマ帝国の北限、ニューキャッスル(イングランド)
ニューキャッスルはローマ帝国の北限であったと言われています。
訪問に際して、まずはその歴史的背景をおさえておく必要がありそうです。

*ローマの支配下にあったパレスチナ地方(今のイスラエル)でイエス(紀元前4~紀30年頃)が生まれる。
*30年頃、イエスはユダヤ教徒だが、ユダヤ教を批判し改革運動(「神の国が近づいた」運動)を行い、捕えられ処刑される。ユダヤ教では、ユダヤ人が神に救われる唯一の民族と説いているが、イエスは、神を信じる者は誰でも救われる、と説いた。
*イエスを信じる者達が、イエスを「救世主」と呼ぶにあたってヘブライ語(ユダヤ人の言語)の「メシア」を使わず、コイネー(世界の共通語=ギリシャ語)の「キリスト」に言い換えて、イエスはキリスト、つまりイエス・キリストとした。イエスが生きているうちにキリスト教という名前があったわけではない。
*0年代中頃から100年代中頃に新約聖書が書かれる。
*ローマ帝国の皇帝達は自分のことを神として崇拝するように人々に命じて行たため、それを認めないキリスト教徒達を迫害するようになり、ペテロやパウロなど多くのキリスト教徒が殺害された。
*ローマ帝国はトラヤヌス帝(在位98~117年)の時に最大版図を築き、一代後のハドリアヌス帝(在位117~138年)の時に、都市の自治と市民の帝国への心情傾斜が重なり最盛期を迎えた。
*ローマ帝国は道路網、闘技場、浴場、水道・水道橋などは公共であるという概念を具体的な形にした。ローマ帝国は誰のものか――民族を超えたローマ帝国民のもの。

さて、「ハドリアヌス帝(在位117~138年)の時に、都市の自治と市民の帝国への心情傾斜が重なり最盛期を迎えた」ということですが、その帝が建設を命じた「壁」の一部が現在も残されているとのこと。

街を散策してみましょう。

ハドリアヌスの壁
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イングランドとスコットランドの境界近くにあるこの壁は、122年ごろローマ皇帝ハドリアヌスによって建築されました。
領土を拡張したローマ帝国の北限にあたり、北方民族の侵入を防ぐために築かれ、当時はここからカーライルまで西へ118kmも壁が続いていたとのこと。
1.5km間隔で監視所が設置、6km間隔で要塞も建築され、その要塞には500人から1000人のローマ兵が配備されたのだとか。
この頃かそのちょっと前、ローマ帝国の領土が最大になる?
日本では弥生時代の後期にあたり、卑弥呼や邪馬台国が歴史の舞台に登場する少し前。
ローマ帝国の支配が及ばなくなった4後半以後も、17世紀まで使用され、このため、イングランドとスコットランドの国境として半ば固定化したそうです。
現在のイングランドとスコットランドの境界線にも大きな影響を与えているんですね。

中華街
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ニューキャッスル・ユナイテッドのホームスタジアム
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ニューキャッスル駅
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ニューキャッスル城
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ニューキャッスル城は英語だとキューキャッスル・キャッスル。
昔のお城なので、街には「オールド・ニューキャッスル」と書かれているのが、ちょっと面白い。

1080年にはイングランド王ウィリアム1世の命により木造の城が造られ、その後、ヘンリー2世の時代(12世紀後半)に造られたのがこの石造りのニューキャッスル・キャッスルとのこと。

その頃(から少し後まで)のヨーロッパはどのような時代だったかというと・・・
*900年代は皇帝が教皇の上に立っていたが、権力争いをしていた教皇から破門を突き付けられた時の神聖ローマ帝国皇帝、ハインリヒ4世は1077年に教皇を訪ね、破門を解いてもらうために膝を折った。
*1096~1291年、十字軍の派遣時代がやってきて、ヨーロッパは教皇の下にまとまり、教会の覇権は頂点を極め、キリスト教文化帝国は最盛期を迎えた。
*1200年代、モンゴル軍がヨーロッパへ攻め込む。教皇の使者がモンゴル皇帝と会談して平和路線へ。
*1291年、十字軍の前線基地アッコン(今のイスラエル)がイスラーム勢力に侵攻され、聖地エルサレム奪回は失敗。十字軍の派遣は終了し、教皇の威信が落ちる結果となった。

この教会はいつ頃に建てられたのだろう?
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どこも絵になるなあ。
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イギリスが世界の覇権を握ったのは産業革命によるところが大きいのですが、その頃、蒸気機関車を実用化したのはニューキャッスル出身の人物だったそうです。
その人物はジョージ・スティーブンソン、街の誇りなのだとか。
また、1847年にはイギリスを代表する重工業メーカーアームストロング社の工場が建設されました。
幕末の物語で「アームストロング砲」というワードが出てきますね。
造船業も盛んで、19世紀末ごろには世界最大の造船所がキューキャッスルにあり、その最盛期には世界の1/4の船舶がこの地で造られた、とのこと。

ところで、ニューキャッスルの近くを運転していたら、たまたま日系自動車メーカーの工場の横を通りました。
日本の会社も世界で頑張っていますね。

さて、最後にニューキャッスルで楽しんだ食の記録を残します。
かなり遅めの昼食はこちらのお店でEggs Benedictを頂きました。
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マフィンの上に半熟の目玉焼き、生ハムが載り、オランディーズソース(バター、レモン果汁、卵黄、塩、黒コショウ)をかけて食べる料理をエッグベネディクトというそうです。
具材は色々と変わるのだとか。
付け合わせのハッシュブラウンも美味しかった。
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夕食もイギリスらしい料理をチョイス。
スコティッシュエッグ、アンコウのフライ、とコロッケ。
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こちらの目玉焼きは鴨の卵。
その下にはHaggis(ハギス)と言って、羊の内臓をミンチにしたもの。
スコットランドの名物だそうです。
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翌朝はホテルのレストランでFull English Breakfastを頂きました。
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パンの下に焼きトマトとベーコンが隠れています。
黒色のものは豚の血を固めたというブラック・プディング。
なかなかユニークで面白いですね。

イギリスにはスペインとは別の魅力がありました。
きっとまたイギリスを訪れる機会があることでしょう。
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イングランド北部の街へ
イングランド北部にあるStockton-On-Teesという街へやって来ました。
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こちらのカフェで朝食を頂きます。
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そうたいしたものを食べているわけではないのですが、何とも優雅な気持ちになりました。
バルセロナでパエリア
バルセロナへ再びやってきました。

アサヒビールのようなオブジェ?は何だろう。
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ビーチ沿にあるレストランのテラス席へ。
チェコには海がないのでムール貝を見ただけでテンションが上がります。
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ビールは一杯だけにして、白ワインへスイッチ。
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ドングリだけを食べさせて育てたイベリコ豚の生ハムは最高でした。
風味豊かで良質な油の甘みを感じる生ハムを食べたのは初めて。
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ショートパスタのパエリアは珍しいですね。
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食後に薬草の香りと甘さを感じるスペインのリキュールを。
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みなとみらい?
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バルセロナには他にも色々な魅力がありそうですね。
プラハのテレビ塔~地下鉄A線の終着駅へ
アパートのベランダから望むテレビ塔へいつか行ってみたい、と思って数か月が経ちました。
それほど重くない腰を上げて、目的地に向けて出発。
4kmほど歩くと目の前にテレビ塔が。
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地上から93mの展望台からアパートのベランダを確認。
アパート、プラハ城や旧市街方面を望みます。
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右端がプラハのテレビ塔、左から2番目が東京タワーです。
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さて、そのままアパートに帰るのも面白くないので、未知の領域であるプラハ中心街の東側のゾーンを散策して地下鉄A線の終着駅を目指すことにしました。

Flora駅前のショッピングモールでランチ
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こちらのお店はチェーン店でヘルシーなランチを楽しめるので気に入っています。
会社の近くのモールにも入っているのですが、ついつい誘惑に負けて、その隣にあるハンバーガーチェーン店に足が向いてしうことが多々、、、
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Zelivskeho駅前に建っているドン・ジョバンニ・ホテル
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東へ向かって歩を進めます。
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地下鉄A線の終点、Depo Hostivar駅に到着。
アパートから歩いた距離は11kmでした。
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地下鉄は街の景色が楽しめないので、少し戻ってトラムで帰ります。
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見慣れた景色
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Andelで下車して、ショッピングモールへ。
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地下鉄B線、C線も散策してみないといけないな。
日本電産、永守さん語録
日本電産、永守さんの言葉に同感。

「結局、酒を飲んだりゴルフをしたりして解消するようなストレスは、ストレスじゃない。仕事のストレスは、仕事でしか治せない。開発者だったら新商品を作る、営業だったら新しい注文をとる。酒ではストレスをごまかすことはできても、治すことはできないよ」