FC2ブログ
カリフォルニアワインを中心にして長いことお酒を楽しんできました。これからはヨーロッパのワインやお酒を楽しむことに軸足を移していこうと考えています。
イスタンブール旧市街周辺散策 3
土曜日の朝。
プラハへ帰る飛行機の時間まで旧市街を散策します。

オスマン朝(1453年~1923年)の支配者の居城として、政治の中心であったトプカプ宮殿へ。
6338fv
6358fv
6344fv
6352fv
6349fv
6351fv
6353fv
6360fv
6359fv
6362fv

トプカプ宮殿を見学してから、4~6世紀、コンスタンティヌス大帝からユスティニアヌス帝の時代に造られた地下宮殿へ。
ここは地下の貯水池で、東ローマ帝国時代からオスマン朝時代まで、周辺地域の主要な水がめとなっていました。
ヴァレンス水道橋から水が引かれていたそうです。
6378fv

宮殿の奥にはギリシャ神話に出てくる2体のメドゥーサが横たわっています。
何故ここにメドゥーサがいるかはわかっていない、とのこと。
6381fv
6383fv

地下宮殿の近くにあるレストランで昼食を済ませてプラハへ帰りました。
6387fv
イスタンブール旧市街周辺散策 2
黒海に通じるボスポラス海峡を渡り、日中はアジア側に出かけていました。
写真左側がヨーロッパ、右側がアジアです。
6244fv

ガラタ橋上では朝も夜も1~2m間隔で釣り人の姿が。
6309fv

6世紀初めに灯台として利用されていたものを14世紀周辺に東ローマ帝国の監視塔に改造したと考えられているガラタ塔。
現在の塔は14世紀以降のもので、てっぺんの三角錐は近年付け加えられたとのこと。
6314fv

ガラタ塔を見たところで、トルコのB級グルメだという鯖サンドを食べにいきます。
6313fv
6324fv

見た目の想像通りですが美味しかったです。マヨネがあればさらに良かったな。
6318fv

トルコ名物のライスプディング
6327fv

こんな感じで二日目が終了。
6329fv
イスタンブール旧市街周辺散策 1
ホテルに到着後、夕方5時半頃からイスタンブールの旧市街を散策。

その前に歴史的背景をざっと見ておきます。
*都市国家のローマがイタリア半島内の同盟市を軍事的サポーターにして、ポニエ戦争(紀元前264~146年まで3回)でカルタゴ(今のチュニジア)を滅ぼし、西地中海の支配権を手にする。
*同じころ、ローマはアドリア海の覇権を争い、マケドニア戦争(紀元前215~168年まで3回)、シリア戦争(紀元前192~188年)で東地中海の支配権を手にする。
*危険な隣人を排除して民衆を守る、というコンセプトのもとカサエルがガリア人を討つためにアルプス山脈を越える(ガリア遠征、紀元前58~51年)。これをきっかけにローマ帝国の版図にヨーロッパが組み込まれる。
*ローマの支配下にあったパレスチナ地方(今のイスラエル)でイエス(紀元前4~紀30年頃)が生まれる。
*30年頃、イエスはユダヤ教徒だが、ユダヤ教を批判し改革運動(「神の国が近づいた」運動)を行い、捕えられ処刑される。ユダヤ教では、ユダヤ人が神に救われる唯一の民族と説いているが、イエスは、神を信じる者は誰でも救われる、と説いた。
*イエスを信じる者達が、イエスを「救世主」と呼ぶにあたってヘブライ語(ユダヤ人の言語)の「メシア」を使わず、コイネー(世界の共通語=ギリシャ語)の「キリスト」に言い換えて、イエスはキリスト、つまりイエス・キリストとした。イエスが生きているうちにキリスト教という名前があったわけではない。
*0年代中頃から100年代中頃に新約聖書が書かれる。
*ローマ帝国の皇帝達は自分のことを神として崇拝するように人々に命じて行たため、それを認めないキリスト教徒達を迫害するようになり、ペテロやパウロなど多くのキリスト教徒が殺害された。
*ローマ帝国はトラヤヌス帝(在位98~117年)の時に最大版図を築き、一代後のハドリアヌス帝(在位117~138年)の時に、都市の自治と市民の帝国への心情傾斜が重なり最盛期を迎えた。
*ローマ帝国は道路網、闘技場、浴場、水道・水道橋などは公共であるという概念を具体的な形にした。ローマ帝国は誰のものか――民族を超えたローマ帝国民のもの。
*313年、ローマ帝国のコンスタンティヌス帝は、身分の低い人や上流階級にまでその教えが浸透していったキリスト教徒をこのまま迫害し続けていては帝国の統一は難しい、とキリスト教を認める「ミラノ勅令」を発表。
*392年、ローマ帝国のテオドシウス帝がキリスト教を国教化。ローマ帝国の崩壊を食い止めるべく宗教を利用したためだが、これでキリスト教がヨーロッパに一気に広がってゆく。
*この頃、キリスト教団で「三位一体(父なる神、子イエス、聖霊は一体」が正当な教義とされる。これに伴い、信徒と教会は5つの管区に分けられた。ローマ管区の場合、教会組織のまとめ役は、のちにローマ教皇とよばれる。
*395年、ローマ帝国のテオドシウス 1 世が東ローマ帝国(長男アルカディウスに統治させる)と西ローマ帝国(次男ホノリウスに統治させる)に分割。
*476年、ゲルマン民族の侵攻(西ローマ帝国領内に次々と王国を建て、それぞれが領内を支配)に苦しめられた西ローマ帝国は崩壊。東ローマ帝国は1453年にオスマン帝国に滅ぼされるまで続く。

アヤンソフィア
6165fv

325年、コンスタンティヌス1世によって、アヤンソフィアのもととなる教会の建築が始まり、360年、コンスタンティヌス2世の時代に完成。
その後、いく度かの焼失を経て、537年にビサンツ様式の大聖堂が完成して、ビサンツ帝国(東ローマ帝国)の時代が終わるまで、ギリシア正教の総本山としてあがめられていました。
1453年にコンスタンティノーブルが陥落すると、メフメット2世によってジャーミーに変えられた、という変遷をたどります。
17時を過ぎていたので中に入れず残念。

スルタンアフメット・ジャーミー(通称ブルーモスク)
スルタンアフメットの命を受け、1609年から7年半をかけて建築されました。
6166fv
6171fv

チェンベルリタシュ(写真右側の塔)
コンスタンティヌス1世がコンスタンティノープルに都をおいたことを記念して、330年に建てられた塔で、当初の高さは57mだったそうです(今は34m)。
6176fv

グランドバザール
6183fv

コンスタンティヌス大帝の時代に建設が始まり、ヴァレンス帝時代の378年に完成した水道橋です。
オスマン朝時代にも、メフメット2世が修復して使用していたとのこと。
6189fv
6192fv

土瓶の中に肉と野菜を入れて調理する何とかケバブ。
ケバブというのは地域毎に特徴があって、何十~何百?の種類があるのだ、とお店のトルコ人が熱く語っていました。
6199fv
6230fv
6231fv

初日が終了。
Pivovarsky Dum(チェコ料理とビール)
新市街地にあるビアレストラン、Pivovarsky Dum(ピヴォヴァルスキー・ドゥーム)へ。

店内にある醸造タンクで造られたビールを楽しめるとのこと。
0203180707

8種類のサンプラーをオーダーしてみました。
0202180707
0205180707

緑色のビールは普通のビールの味。
その右側はバナナ風味ですが、これが意外に美味しい。

チェコ料理は色味が、、、でも美味しいんですけどね。
左側はチキン、右側は始めて味わうベーコンダンプリン。
0204180707

ダンプリンというと餃子のイメージですが、チェコでは蒸しパンのようなもののことをそう呼びます。
ずっしりと重量級で結構お腹にたまります。
ベーコンダンプリン、とても美味しかったです。
スパルタプラハ試合観戦
チェコサッカーリーグの強豪チーム、スパルタプラハの試合を観に行きました。

ホームゲームだけあってプラハファン一色という感じで、スタンドは試合前から盛り上げっています。
5924fv

赤色のプラハはこのコーナーキックからベンジャミンが押し込んで見事にゴール。
自分が唯一覚えた選手がこの日、2ゴールしたベンジャミンでした。
6016fv

プラハが4-1の快勝したので、そのまま仲間達と祝勝会へ。
10月限定という無濾過のピルスナーを楽しみます。
6135fv

チェコの2大スポーツはサッカーとアイスホッケーとのこと。
ホッケーのチーム名も『スパルタ』だそうです。
こちらも観戦しないとね。