2年半楽しんだ広島から関西へ。こちらでも同じくらい過ごした頃、どちらのお好み焼きが美味しいか結論を出したいと思います。
童門冬二著『異才の改革者 渡辺崋山』
童門冬二著
『異才の改革者 渡辺崋山』
(PHP研究所)
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幕末に活躍した人物の中でも、ひときわ異彩を放つ渡辺崋山。
「遠近法」を取り入れて、日本美術史に新境地を開拓した画家として有名な彼だが、実はれっきとした大名家の家老である。
1万2千石の小藩ながら、東海の田原藩の経営再建に尽力し、農政家を招いて領民の生活安定に心を砕き続けた。その手腕は、天保の大飢饉でも領民に餓死者を出さず、幕府から唯一表彰を受けたことからも分かる。
崋山の才能は、それだけに止まらない。江戸藩邸では、高野長英や小関三英など、蘭学者との交流を通じて西洋の新知識まで蓄えた。まさに多才にして「異才の改革者」だったのである。更にその視野は日本を越えて世界にまで向けられたが、幕府の海防政策を批判した容疑で「蛮社の獄」に連座し、49歳で自刃に追い込まれてしまう。
幕末初期の改革者だった崋山は、いかに守旧派と闘い、自らの信念を貫き通したのか? 
時代の先駆者の生涯に学ぶ一冊。
(PHP研究所ホームページより)

昔、茨城県古河市を訪れた際、歴史博物館で、この地の英雄である鷹見泉石(古河藩家老、1785~1858)に関する資料を見学しました。
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この鷹見泉石を描いたのが渡辺崋山です。
そして、鷹見泉石に鎮められたのが大塩平八郎(1837年、大塩平八郎の乱@大坂)。

大塩平八郎終焉の地は、時々夜の散歩をしている場所です。
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渡辺崋山と大塩平八郎はともに佐藤一斎という人の門人で接点があったようです。
本を読んで歴史状の人物同士がつながってくると楽しくなってきますね。

先日、アメリカ支社の米人が来日。
3次会までテキーラを飲みながら楽しく過ごして、みっちり英会話をしましたが、思っていた以上に言葉が出ず、自分を戒める意味を込めて、帰宅後に腹筋100回の体罰を課しました。
・・・ということで、読書の時間を少し削り、英語学習に軸足を移そうか、と考えています。
両方やれや、という話ですが。
永倉新八著『新撰組顛末記』
永倉新八著
『新撰組顛末記』
(中経出版)
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京都の壬生寺を訪れた際にそこで購入した一冊。
「永倉新八が語ったから新選組のことがいろいろわかったんですよ。」
と売店にいたお婆ちゃん談。

新選組の副長助勤となり、のちに二番組長を兼任した新八は、近藤勇らとともに池田屋へ斬り込んだ。新選組随一の遣い手として幾多の戦闘に加わり、十三人の大幹部のうち、ただ一人生き残った。
北海道に渡り小樽に住んだ新八は、孫たちを相手に新選組の懐旧談を語り、記録に綴る晩年を送るが、大正2年(1913)3月から、『小樽新聞』記者の取材に応じて語った連載をまとめたのが本書である。近藤勇や土方歳三らとの交友、池田屋の乱闘、血の粛清など、幕末動乱の修羅場をくぐりぬけた者のみが知る生々しい証言が語られている。まさに新撰組を知るうえで第一級史料である。(巻末より)

芹沢鴨が近藤勇や土方歳三に暗殺されたシーンは、その場所を一昨年に見学したこともあって、情景が頭の中で鮮明に浮かびあがりました。
どうしても芹沢鴨のくだりになると、大河ドラマで芹沢鴨を演じた俳優、佐藤浩市さんの姿を被らせて想像してしまいます。
土方歳三役は山本耕史さんでしたね。
もう10年以上前?

司馬作品、『燃えよ剣』を読み返してみたくなりました。
司馬遼太郎著『ビジネスエリートの新論語』
司馬遼太郎著
『ビジネスエリートの新論語』
文藝春秋
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「産経新聞記者時代の司馬遼太郎が、本名である福田定一名で刊行した“幻の司馬本”を、単独としては著者初の新書として刊行する。古今の典籍から格言・名言を引用、ビジネス社会に生きる人たちに厳しくも励ましに満ちたエールを送る本書は、著者の深い教養や透徹した人間観が現れているばかりでなく、人生について語る読物としても充分に楽しめる内容となっている。加えて、本書の2部に収録、記者時代の先輩社員を描いたとおぼしき「二人の老サラリーマン」は、働くことと生きることの深い結びつき問う、極めつけの名作短編小説として読むこともできる。現代の感覚をもってしても全く古びた印象のない本書は、後年に国民作家と呼ばれることになる著者の魅力・実力を改めて伝えてくれる。ビジネス社会を生きる若い読者にも、ぜひ薦めたい一冊である。(文藝春秋ホームページより紹介)」

備忘記録。

●徳川家康

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思へば不足なく、心に望みおこらば困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基。怒は敵と思へ。勝つ事ばかりを知つて負くる事を知らざれば、害その身に至る。
おのれを責めて人を責むるな。
及ばざるは、過ぎたるより優れり。

どうやらこれでみると、よきサラリーマンとは、家康型であるらしい。そのまま過不足なくこれは完ぺきなサラリーマン訓である。
戦国の三傑をみると、まず秀吉はサラリーマンにとってほとんど参考にすべき点がない。彼はいわば、身、貧より起しての立志美談型なのだ。前田久吉、松下幸之助あたりの系列だから、サラリーマンとは人生のコースが最初からちがう。
(中略)
信長が経た人生のスタイルも、サラリーマンには有縁のものではない。いわば彼は社長の御曹司なのだ。大学を出るなり親の会社を継いで、奇略縦横、ついに十倍のスケールに仕上げるという鬼ッ子なのである。
(中略)
となると、家康である。なるほど生れは三河の土豪松平という田舎じゃちょいとした小会社の主だったが、経営不振のため幼少から隣国の今川、織田という大会社に身柄を引きとられ、二十前後まで晴れて社長職を継げなかった。継いでからもレッキとした独立権がなく、いいジジイになるまで織田、豊臣という親会社に仕えて気苦労ばかりしてきている。下級サラリーマンの味こそ知らないが、それに似た経験をふんだんにもつ苦労人である。啼かぬホトトギスを啼くまで待とうといったほどの無理とケレンと冒険のきらいな仁である。しかも天下の制覇ののちは、武士を戦士から事務官に本質転移させ三百年の太平を開いたいわばサラリーマンの生みの親みたいな人物だ。このジジイのいうことなら、まずまず聴いてやるネウチはあろう。

●魏徴

人生意気に感ず。

こういうロンマティシズムは、現代の青年にとってはもはや過去のものになった。
(中略)
明治という時代は、こうしたロマンティシズムが、リョウランと咲いた時代だった。
(中略)
明治的ロマンティシズムは、いたずらに壮んなだけで、論理のシンはない。合理主義でネッチリやられれば、ひとたまりもなくお手あげになる一種の気分的なもので、この気分的なものが悪く発揚すると大陸浪人的な気概になったり、軍国主義政策に利用されると特攻隊的な〝散華〟になったりする。
(中略)
べつだん、非合理的な精神を賛美しようとは思わないが、その逆に、合理主義的な尺度で生活や生き方のスミズミまで計算しつくされたタイプも、どうもツキアイにくい。
立春大吉ほどのロマンティストでなくとも、多少の意気ニ感ズ式な気概を常に育てているほうが人格に魅力をそえるのではないか。気概がいつもバクハツしていてはいただけないけれども、生涯に一、二度ぐらいは利害を超えてモロハダをぬぐといった壮気を内蔵していることは、サラリーマンとしてともすれば墜入りがちな人格の卑小化をくいとめる意味からも大事なことにちがいない。

●リンカーン

四十歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任をもたねばならぬ。

リンカーンは、室内を何度も往復しながら組閣の人選で頭を痛めていた。
「お入り。あ、君か」
ブレーン・トラストの一人である。入ってくるなり、彼はある政治家の固有名詞を耳打ちしたが、リンカーンは言下に手を振った。
「だめだ。顔が気にくわない」
「顔?顔で大臣が勤まりますか」
「勤まる。四十歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任をもたねばならん」
シェークスピアにも、よく似た言葉がある。
「神は汝に一つの顔を与えた。ところが汝はそれを別の顔に造り直した」
〝別の顔〟が仕立てあがる時期を、リンカーンは四十歳後と見たわけだ。「顔は精神の門にして、その肖像なり」と、キケロもいっている。青少年時代の顔は、生れ出た素材そのままの顔だ。持主の責任はどこにもない。ところが老いるにしたがい、品性その他すべての精神内容が、その容ぼうに彫塑のノミを振い出す。
(中略)
教養、経験、修養、性格、若いサラリーマン時代のすべての集積が、四十を越してその風ぼうに沈殿する。逆説的にいえば、四十以後のサラリーマンの運命は、顔によって決定されるといっていい。

●ラブレー

ここではすべての者が無智によって仕事をします。そしてただ、上役がさよう申されました。上役がさよう望まれます。上役がそれを命じられました、と云えるだけの理性があれば事足りるのです。

十六世紀のなかば、フランスの作家ラブレーは、「ガルガンチェア物語」という風刺小説をかいた。これはその一節である。
(中略)
ゴムリゴモットモは、人間が禄やサラリーで傭われるようになった大昔このかた、宮仕えする者の伝統精神として、今日なお、サラリーマン社会に栄えている。
(中略)
忠義のためなら、子をも殺し、友をも売るというのが、武士という封建サラリーマン社会の倫理であった。武士道には、多くの無惨で利己的な要素がこびりついている。
(中略)
こうしたエゴイスティックな武士道に、当然欠けているのは友愛という精神である。仲間を大事にし、仲間を裏切らないという精神だ。友愛に当たる言葉すら、武士のヴォキャブラリーにはなかった。
同じ宮仕えの末裔として、現今のサラリーマンにも、こういう武士道は受けつがれている。上役のほうが、仲間よりも大切であるという根性である。だから、サラリーマン第一課は、武士道的忠義それだけが重んじられる。
といって、大いに抵抗精神を高め、叛骨をかきたてよというわけではない。仲間への仁義や友情を裏切らない程度に、ほどほどにゴムリゴモットモであり、ほどほどに忠義者であれというのだ。せめて、武士にはなるなというのである。

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8回目の訪問
今日はクリスマス。
昨年に引き続き、司馬遼太郎記念館を訪問しました。
8回目の訪問。

今回の展示テーマは、『坂の上の雲』にみる陸羯南展、です。
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次男は初めての訪問でした。
「ここで勝海舟や坂本龍馬のお話しを書いたんだよ」
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子供たちの心に響くのは20年後くらい?
また来年、訪れたいと思います。
司馬遼太郎展を見学しました
阪神デパートで開催された『司馬遼太郎展―21世紀“未来の街角”で』を見学しました。
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本展は、作品が並ぶ展覧会場を、司馬遼太郎が夢想した“未来の街角”と位置付けています。さらに、戦国時代に躍動する人々の生き様から歴史を描く「16世紀の街角」▽有名無名の人を通して近代国家へと大きくうねる時代を俯瞰する「19世紀の街角」▽歴史と風土を踏まえつつ日本という国のあり方を標榜した「21世紀の街角」―の3部構成としました。新聞記者時代の珍しい資料も含め、貴重な自筆原稿や挿絵、関連する歴史資料などから、司馬遼太郎の遺したメッセージを皆さんが体感し、何かを考え、行動するきっかけとなることを願って開催するものです。
(イベントホームページより引用)

●戦国動乱
群雄割拠の動乱期を、司馬遼太郎は「人」に主眼を置いて描きました。 『国盗り物語』の斎藤道三と織田信長、『関ケ原』の石田三成と徳川家康・・・。
戦国の世を駆け抜けた人々の輝きをたどります。
●維新革命
幕末・明治を描いた司馬遼太郎の筆は、『燃えよ剣』の土方歳三、『竜馬がゆく』の坂本竜馬ら様々な人物を取り上げました。 志の大きい人物を通じ、司馬遼太郎が浮き彫りにした「時代」を見つめます。
●裸眼の思索
土地に流れる歴史を手繰り寄せて書いた『街道をゆく』、歴史的視座から日本を見つめた『この国のかたち』といったエッセイの数々。 様々な角度から語り続けた司馬遼太郎の視点を借りて、この国の未来を考えます。
●作家の横顔
司馬遼太郎の原点といえる新聞記者時代や、初期作品執筆時代の資料などを通じ、作家の横顔を伝えます。
(阪神デパートホームページより引用)

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来年2月18日に開催されるイベントが紹介されていました。
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10年以上前に司馬作品の魅力を教えてくれたYoshiさんhttp://miscyoshi.blog87.fc2.com/が今年のイベントに参加されていました。
来年のイベントでは作家の葉室麟(はむろりん)さんがパネリストの一人のようです。
往復はがきで申し込みますよ。

こちらは2年前にYoshiさんに紹介されて正月休みに楽しんだ葉室麟さんの著作。
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会場で司馬作品を購入。
冬休みの楽しみが増えました。
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『司馬遼太郎展―21世紀“未来の街角”で』は来年6月に、横浜でも開催されるそうです。