数年前、カナダのユーコン川を旅していて、たまたま作家の野田知佑さんに出会いました。学生時代から憧れていた方です。追いつ追われつ下りキャンプで一緒に酒を飲みました。人生、色々な幸せの感じ方がありますね。
マクドナルド
 1歳1ヶ月の息子が初めてマクドナルドに挑戦しました。

 家内はビックマックセット(アメリカではセットとは言わずコンボと言います)、私はチーズバーガー、息子はハッピーセット=おもちゃ付き、を注文しました。
 おもちゃは男の子用のキャラクターグッズか女の子用のぬいぐるみがあります。家内の希望で何故かぬいぐるみになってしまいました。
日常&雑記 マクドおもちゃ

 ハッピーセットの飲み物はミルクにしました。ところが賞味期限が切れています。
「賞味期限が7月21日になっています。変えてもらえますか。」
「Oh-,すみません。変えますね。」
(と言って冷蔵庫を確認。)
「Ah-,全部7月21日と書いてありますから賞味期限ではなく製造日かもしれないですね。」
(私に返そうとする。)
「本当ですか。」
「多分、そうですよ。」
「確認してもらえますか。」
(裏へ在庫を確認しにいく。5分後。)
「ありました、ありました。7月28日と書いています。はい、どうぞ。」
「確認してくれてありがとう。」
「あなたはラッキーですね。Have a nice day!」

 ラッキーなのではなく、お店がいい加減なのだと思うのですが、アメリカではこういうことがしょっちゅうあります。

日常&雑記 マクドケチャップ

 アメリカ人に教えてもらった方法。ドリンクの蓋にケチャップをたっぷりと乗せます。

日常&雑記 マクド遊び場

 もうちょっとしたらここで遊べるかな。
本の価値
 『本の価値』と何やら硬いタイトルを付けてしまいました。

 200ページの中で1ページでも気にいったページがあれば買う価値があるのではないかなあ、というのが今のところの結論です。

 考えてみると本というのは安いですね。
 何時間か、あるいは何日か色々考えることが出来て、それによって頭の中を磨けて、これが千円とか二千円で済むのですから。
 ただ、読んだ時点では感銘を受けて、その通りだと思っても時間が経つと忘れてしまうことが多々あります。
 せっかく読んだことは忘れずにいたいので、最近は何かを感じた箇所にはマーカーペンで線を引いておくようにしています。
 もう一回読む時は、線を引いたところだけを読んでいくと時間もそれほどかかりません。
 さらにちょっと時間が空いた週末に、これは忘れたくない、という箇所を書き留めておくと、一年後には結構溜まっているんですね。

 このブログでは、そんなメモをちょこちょこ残しておこうと思います。
 
西郷隆盛の心配り
 カテゴリー「司馬遼太郎&歴史」第一回の記事です。
 同カテゴリーの中では作品の中で気に入った箇所を紹介したり、読んで感じたこと等を書いていこうと思います。

 第一回では司馬遼太郎著「竜馬がいく」第五巻より、坂本竜馬と西郷隆盛が初めて対面した時の話を引用します。
 ここでは西郷隆盛の誠実さ、気配りについて触れています。ちょっとしたことが、人の心を打つものですね。私達が日々人と接する上でとても大切なことだと思います。
 では坂本竜馬が薩摩藩邸へ出向き、西郷隆盛を待つ為に書院へ通された場面から。
 
 座布団が一つあるっきりで、竜馬がいない。
 竜馬はその頃、藩邸の庭に出て、鈴虫を獲っていた。
 じつは、待っている間に、鈴虫の声を聞いたのである。縁を降り、声を頼りに求め歩くと、なるほど草陰にいた。
 跳びあがったところをさっと空中でつかみ、そのままたもとにいれた。少年の頃から鈴虫が好きで、飼ったこともある。
「ほう、鈴虫を獲ってござるか」
 と、西郷は縁に出て、竜馬に問いかけた。
 竜馬は振り返って、例の近視の目を細め、西郷を見た。そこで坂本です、というのが当然だが、たもとの鈴虫が逃げては困る。
「虫籠は、ありませんかネヤ」
とたもとの口をおさえながら言うと、西郷も慌てて、
「幸輔どん、虫籠は無か?」
 邸内を探すよう頼んだ。幸輔どんも、
(やれやれ妙な男が来た)
 と思いながら、納戸の係へ行き、邸内に虫籠は無いか、と尋ねると、幸い一つあった。
 幸輔どんは庭にまわって、それを竜馬に渡すと、竜馬は近眼の顔を虫籠に近づけ、たもとの口を用心深く開き、ピョイと、入れた。
(中略)
 竜馬は、雑草のつるを抜き取ってヒモにし、その虫籠に結びつけた。やがて縁にあがり、伸び上って軒端に吊るした。
(妙な男だ)
 と西郷は、どぎもをぬかれた思い出で、この土佐人を見た。
 竜馬は竜馬で観察している。感心したのは、彼が鈴虫を獲って、
「籠」
 と言った時、西郷も、籠、籠、とひどく慌てたことだった。無邪気な、あどけないほどの誠実さがあふれていた。
(これは、大事を托せる男だな)
 と竜馬は思った。
(中略、それから一ヶ月後)
 夜が白むころ、竜馬は錦小路の薩摩藩邸の門前についた。
 やがて門が開き、門番はこの朝の早い訪問者に驚いた。
 どなたでござる、とは問わない。以前、たった一回の来訪で、門番はこの変に魅力のある土州人の顔も名前も覚えてしまっていた。
「お早うございます。坂本様でござりまするな」
 やがて中村半次郎が現れ、これも百年の知己のような応対ぶりで書院へ通してくれた。
 待つ間、ふと軒端にまだ虫籠がぶらさがっていることに気付いた。しかも新しい草が入れられ、朝の光の中で鈴虫が元気よく動いている。見るなり、竜馬は目を洗われるような思いがした。
(まだあれを飼うてくれちょったか)
 あれから一月になるのだ。よほど心を込めて飼わない限り、生命の弱い鈴虫など、とっくに死んでいるはずである。
(西郷という男は、信じて良い)
 と竜馬は思った。西郷にすれば別に鈴虫が好きなのではあるまい。竜馬がいつ来ても鈴虫が生きているように、入念に飼い育てていたものに違いない。
 もっとも、後日、この鈴虫の秘密を知って竜馬はますます西郷を信じるようになった。
 初代は、三日ほどで死んだのだそうだ。西郷は慌てて、
 ――幸輔どん、坂本サンが来れば困る。納戸の者にそう言うて、鈴虫を一匹、獲らせて賜ンせ。
 と頼んだ。かわいそうに、諸藩に聞こえた志士の幸輔どん(吉井友実)は、大騒ぎして鈴虫獲りをはじめねばならなかった。
 その二代目も死んで、竜馬が見たこの鈴虫は三代目なのである。
 心づくしという言葉がある。
「人をもてなす心の働き」という意味であろう。茶の素養のないはずの西郷は、安土桃山時代の大茶人の逸話にでも出てきそうな茶の心を持っていた。
初登頂
 2007年2月18日、クールスプリングス山登頂当日。

 同山の北西稜冬期登頂は登山史上、まだ行われていないとのことだった。
 人はとかく整った形には注目するが、そうでないものには迂闊である。ロッキーの山々は人目を惹き易いのにクールスプリングス山は案外見逃されている。

 ベースキャンプで早朝に目を覚ます。
 前方の高い山の頂辺りに陽光は眩しく当たっているが、まだ私とRyoma(生後7ヶ月)のいる谷の底には届いてこない。街の空気と比べると、ここの大気はガラス質で透明感がある。私達は気温が上がるまで、じっと待ち続けた。

 ベースキャンプを出発。
 雪の上を重い登山靴で踏みしめながら歩を進める。アララファーム沢沿いに順調に高度を上げると、踏み跡が完全に無くなり、藪となった。
 Ryomaとの冬期登頂に備え真夏に同ルートを偵察した時は、身体にまとわり付く木の枝とアメリカ南部に生息する獣ダニの猛烈な攻撃に会い手足、背中、腰、尻が真赤に腫れ上がってしまった。
日常 バルコニーからの風景
 (真夏のクールスプリング山)

 途中、ガレ岩で足場が悪い箇所があり、北の谷方向へ大きく巻いた。 コンパスと地形図で現在地を確認しながら慎重にルートを取る。

 薮中の鞍部で休息。
 50〜60センチ四方ほどのスポっと空いた空間に腰を降ろした。
 林檎を皮ごとかじる。Ryomaは煮沸して冷ました水分と、あらかじめ家内(ベースキャンプ待機)が擂り潰しておいたイチゴを補給。それが感動的に美味しいらしく、全身で喜びを表現していた。山を歩いている時よりも嬉しそうで、それはそれで何となく寂しい。

 薮中の単独行の場合、キズを我慢しさえすればかなり強引な行動がとれる。しかし今回は一人ではない。生後7ヶ月のRyomaが受けるキズを最小限に止めようとすると、どうしてもペースが上がらなかった。
 時計を見ると焦燥に駆られる。
 気温の上昇を待ったとはいえ、冬期に5時間も6時間もRyomaを山中行動させるわけにはいかない。
 撤退基準(どの場所に何時にいなければ撤退するという基準。今回は4地点。)は厳しく設定していた。先へ進みたくてもこの基準に少しでも引っ掛かれば撤退する。この絶対のルールだけはこれまでの山岳人生において破ったことがない。

 さて、行動を再開する。
 撤退基準を考えた場合、ここから山頂を狙うならもう速攻しかない。足場を一歩一歩確認しながら前に進む。高度を増すごとに傾斜は増すが藪は薄くなっていった。額の汗がたまにRyomaの頭上に落ちる。

 最終撤退基準点を13分の余裕を持って通過。
 そしてようやく陽の当たる場所に出た。尾根に這い上がったのだ。稜線が真っ直ぐ伸びている。そこを、

 Ryomaがゆく。
 そしてその稜線上の、坂の上の雲を見た。白かった。

 ここで西側からのノーマルルートに合流する。
 軽快に進み、最後は急な勾配の斜面を登る。一歩一歩。私の目の高さにクールスプリングス山の頂上がある。そしてRyomaの目の高さに頂上が現れた時、手をバタバタさせながら、彼は満面の笑みで
「ぱぁぎゃー!」
と叫んだ。

(本記事はフィクションです。)

参考文献:
登山とカヌー 神々の山嶺

ワインを楽しむ第一歩
 カテゴリー「ワイン」第二回目の記事。

 ワインを楽しむ第一歩は、美味しいワインを手に入れることだと思います。でもどう美味しいワインを探していいかわからないから困ってしまうわけですね。

 私は友達に
「○○というワイン美味しいよ。」
と教えてもらって、それを試す、ということを繰り返しています。

 3年前は、10ドル以下、あるいは前後のワインをよく飲んでいました。何を飲んだらいいのかよくわからないので、とりあえず安くて美味しいワインを求めたわけです。
 店員さんにお奨めを聞いて試してみて、美味しかったらラッキー。自分のレパートリーが増えます。そして友達の家に呼ばれた時にそのワインを持っていって楽しみ、友達から別の美味しいワインを教わる。こんなふうにして好きなワインの種類を増やしていきました。これも美味しい、あれも美味しい、となると楽しくなってくるんですね。

 今は、ちょっと生意気になって20ドルから30ドルのワインを飲むようになりました。ごくたまに50ドル〜60ドルのワインを大事に大事に飲むこともあります。10ドルのワインも楽しんでいますよ。
 ワインの探し方は一緒です。たまたま、同じ職場にワイン好きの人が転勤してきたので、色々美味しいワインを紹介してもらっています。一緒にワイン屋へ行き、
「これ美味しかったよ。」
と言われると、そのまま買い物カゴへ入れるわけです。先日は6本買ってしまいました。

 ワイン好きの友達、知人を頼りに、美味しいと奨められるままに試していくのが、簡単で、一番手っ取り早いような気がします。

 また、雑誌やウェブサイトで紹介されているワインを試していく、という手もあります。

ワイン ワイン王国表紙

ワイン CA map

 値段や紹介文を読んで、魅かれたら試してみるわけです。いかにすごいワインか、というような文句があって予算内だと買ってみたくなりませんか。
「ワイン王国(雑誌)29号の特集『究極のお値打ちワインを探せ、迷わず買いの銘柄はこれだ』において4つ星を獲得。見事、特選ベストバイワインに選ばれました。」
これで10ドル以下だったら飲んでみたくなりますね。

 このブログではワインの感想(美味しいか、美味しくないか、もう一回買いたいと思うか、くらいです)をちょこちょこ書いていこうと思っています。
ワインは難しい!?
 カテゴリー「ワイン」第一回目の記事です。

 この2〜3年で集めてきたコルクが結構な数になっているので驚きました。最近は週に一本飲んでいる感じでしょうか。
ワイン コルクコレクション

 飲み始めた頃、あるいはその前、ワインというと何か難しいような気がしていました。
 まず最初につまずくのは、出てくる言葉が横文字ばかりということ。
 カベルネソーヴィニヨン、ピノノワール、シャルドネ、ブルゴーニュ、カーネロス、ベリンジャー、セインツベリー、ソムリエ、コンセイエ。
 横文字でないのは「葡萄」「甲州」「十勝」くらい。ちょっと大げさ?

 そして、国、地方の名前が色々あり、ワイナリーの名前も無数にあります。葡萄の種類も何十もあり、いったいどれだけの知識を身につけて、どれだけ飲まないとワインのことがわかるようにならないのだろう、と思うと気が遠くなってしまいました。美味しい、楽しい、と感じたいと思うのではなく、勉強しないといけない、と思うと逃げ出したくなるものですね。中間試験、期末試験は大嫌いでした。

 また、評論家が書く感想を読んでもイメージが沸いてきません。
 個人的に好きなワインがありますが、テネシーでの販売価格は10ドル以下。とてもリーズナブルです。
「美味しい、10ドル以下でこの味が飲めるならお買い得。」
という解説にしてくれれば、そうか、買ってみよう、と店に行って店員さんに探してもらえばいいですよね。実際に飲んでみて、本当だね、美味しいねと感じるか、それほどでもなかったな、と感じるか、自分で判断したらいいわけです。
 ところが、10ドル以下のワインに次のような解説が付くと急に敷居が高いような気になってしまいます。
「深いガーネット色。チェリー、イチゴ、スパイスのアロマが美しい。絹のような滑らかな感触の中に、香りに共通する果実味が感じられる。時間が経つと味わいに適度な重みが加わるが、2004年はブドウ生長時期が涼しかったためか、軽快さを感じる。」
こう書かれてしまって、ちょっと無理かな、と思ったことありませんか。

 こんな感じでお店に行くと、どんなワインを買っていいのかわからず、またレストランでもどれを選んだらいいのか困ってしまうわけです。
 ワインは難しい、という先入観があるので実際に飲んでも、美味しいのか美味しくないのかを判断しにくく、また、本当は美味しくないのに、美味しいと言わないと恥ずかしいような気がしてしまうこともありました。

 ワインってそんなに難しく、敷居が高いものなのでしょうか。
 もちろん、専門家の方はすごいなあ、と思いますし、様々な知識を持つと、別の楽しみ方があるのだと思います。趣味のことは知れば知るほど楽しいですね。
 でも、専門知識を持たなければワインを楽しめない、ということはなく、少なくとも焼酎や日本酒、ビール、その他のお酒を楽しむのと同じようには楽しめるものなのだと思います。

 美味しいか美味しくないか、楽しいか楽しくないか、と考えるとシンプルなんですね。
 今日はもう夜遅いので寝ることにします。

 ところで、今は焼酎ロックを飲みながらこの記事を書いていました。そんなに飲んでいませんよ。明日も仕事がありますので。

 ではおやすみなさい。
『ハゲタカ』と『不当買収』
 8月19日からNHKのドラマ『ハゲタカ』が再放送されています。残念ながら見れていませんが、外資ファンドによる企業買収の話のようですね。いつか見てみたいと思います。

 最近、同じように企業買収をテーマにした本を読みました。
 江川剛著
『不当買収』
(講談社)

 この本は、企業買収をめぐり業績が良好な中堅メーカーの命運を描くビジネス小説です。
 今まで金融業界やM&Aに直接関わったことが無かったので、新鮮な気持ちで読み進めることが出来ました。小説ですので実際のビジネス界とは違うと思いますが、会社経営と株主の関係を楽しみながら垣間見ることが出来たような気がします。

 では、本文より投資ファンド側、社内の会話を一部紹介してこの記事を終えたいと思います。

「今回のTOBがこの国の会社に対する考え方を変えると思う。」
 大沢(投資ファンド・買収を仕掛ける側)は興奮気味に言った。
「どんな風に変えますか。」
 遼(大沢の部下)が身体を乗り出した。
「まず敵対的買収もあるんだということが認知され、それが一般化する。そして企業が、買収を防ぐためにも自分の持っている資産を効率よく運用するようになる。今まで株の配当などに無関心だった経営者が配当に関心を持つようになり、株主にまっすぐ向かうようになる。すなわち株主重視の経営がなされるようになる。さらにポイズン・ピルなどの買収防衛策が一般的になるだろうね。」
 大沢が変化の事例を示した。
「いいことばかりですね。」
 遼は言った。
「変化はいいことばかりではないさ。経営者はのんびりしていられないから緊張するだろう。今まで無関心だった株価を絶えずウォッチしていなくてはならないし、今まで以上に株主の意向を踏まえながら経営をしなくてはならない。」
「それをコーポレートガバナンスと言うんじゃないですか。」
「その通りだ。ようやく分かってきたか。企業が不祥事を起こしたり、無計画な投資をして会社の財産を毀損したりしてしまうのは、株主のことを考えていないし、株主も経営に関心を持っていないからなんだ。経営者がもっと株主のことを考えれば、経営に軸が一本通って、迷うがなくなるんだよ。これが本当のコーポレートガバナンスだと思う。」
「大沢さんはそういう意識改革をおこしたいのですね。」
「そうだ。儲けたいわけではない。本当のことを言うとね。」
 大沢は子供のような素直な笑みを漏らした。
 遼は大沢が夢見ていることが少し見えた気がした。大沢は芯が通っていない日本の企業経営者に株主と言う視点で芯を作りたいのだ。
青空に浮かぶ半月
 8月も下旬に差し掛かりましたが、ここテネシー州ナシュビルでは7時を越えてもこの明るさです。
 こちらは自宅のバルコニーからの眺め。ちょっと田舎ですね。
 2年前にこの裏山に登ってみましたが、ヤブの中で獣ダニの総攻撃に遭い、大変な思いをしました。
20070821020237.jpg

 青空に半月が昇りました。
20070821020318.jpg

 晩ご飯は生春巻きとフォー。
 パクチーも近所のスーパーで手に入ります。
 油分控えめ、野菜たっぷり、いかにも健康に良さそうです。
 でも食べ過ぎにはご注意。
コーラ48本でいくら?
 家のポストに入っていたウォルマートの広告です。

 4ダース=48本で$10。確かに安いけれど、そんなに誰が買うんだろうと思っていると結構、皆買うんですね。
 アメリカではコーラをはじめソーダ類は水みたいなものなのでしょう。

 アメリカらしい広告なので記事にしてみました。
20070821020422.jpg