2年半楽しんだ広島から関西へ。こちらでも同じくらい過ごした頃、どちらのお好み焼きが美味しいか結論を出したいと思います。
睦月(1月)のダイエット総括
 標記の件、下記にて報告申し上げます。
(特別顧問のYoshiさんhttp://miscyoshi.blog87.fc2.com/から「目標設定が甘い」とご指摘を受けましたので期初計画を修正致しました。)

<計画>
12/31/07 77.5kg ダイエット開始
 1/31/08 75.0kg
 2/29/08 73.0kg
 3/31/08 72.0kg
 4/30/08 71.0kg
 5/31/08 70.0kg
 6/30/08 69.0kg
 7/31/08 68.0kg
 8/31/08 67.0kg
 9/30/08 66.0kg
10/31/08 65.0kg
11/30/08 65.0kg 維持
12/31/08 65.0kg 維持 ダイエット終了

<実績>
 1/31/08 74.5kg 達成:開始より△3.0kg

以上
Turnbull ブレンド(赤)
ワイン名称:Old Bull Red
ワイナリー:Turnbull
種類:ブレンド(メルロー、シラー、他)
年:2005
地域:アメリカ/カリフォルニア/ナパバレー
価格:25ドル
再購入:する

ワインTurnbull オールドブル

 同ワイナリーのカベネがとても美味しかったので、ブレンドワインも買ってみました。日本ではカベネが高い(7,500円)こともあって、このオールドブル(4千円台)に人気が集まっているようです。
 カベネほどの感動(あまりに期待し過ぎたかな)はありませんでしたが、美味しく楽しむことができました。
Turnbull カベルネ・ソーヴィニヨン
ワイナリー:Turnbull
種類:Cabernet Sauvignon
年:2003
地域:アメリカ/カリフォルニア/ナパバレー
価格:37ドル
再購入:する

ワインTurnbull カベネ

 50ドル以上する高級なカベネも美味しいと感じることもあれば、そうでないこともあります。このTurnbullは前者に相当する味で、37ドルというのはかなり割安感があり、私は大満足でした。日本で買うと7,500円だそうです。帰任したらなかなか飲めないなあ。
 カベネ好きの人に是非ともお勧めしたい一本です。

ワインTurnbull

 下記は楽天市場ウェブサイト上の商品説明より抜粋。

 1993年に設立されたターンブルは、ナパ・プレミアムの中心地として知られるオークヴィルに位置し、錚々たるワイナリーが集結するハイウェイ29号線に面したワイナリーです。
 ワイナリーだけがオークヴィルやラザフォードに存在し、実は買い付け葡萄の使用がメイン、なんていう造り手もある中で、ターンブルのワインは全て「エステート・グロウン」つまり自社所有の畑から果実をまかなっており、しかもその所有畑がいずれも一等地にある。そういった条件を揃えているにも関わらずお手頃ということで、現地ではリーズナブル・ブランドとして人気を博しています。
 1999年のカベルネでワインスペクテータ年間TOP100にて第35位(92ポイント)、さらに2002でも76位(91ポイント)、にランクインし、その他の作品でも同誌最高94ポイントを獲得するなど立て続けに高評価を受け、たちまち人気ワイナリーになりました。
 味は壮大さを感じさせるスケールに加え、カリフォルニアの高級カベルネにありがちな疲れてしまうような過度なパワフルさもなく、もしかしてかえってそういう点が、米ワイン誌での圧倒的なハイスコアがないにも関わらず、日本で人気を呼んだ一因なのかも。いわば「日本人向き」のカベルネだったのかもしれません。
『竜馬がゆく』ベストシーン・セレクション⑦
『竜馬がゆく』ベストシーン・セレクション
①貿易商社構想~勝海舟と薩摩官僚への提案~
②気概だけでは幕府は倒れぬ~中岡慎太郎との会話1~
③薩摩が大事か日本が大事か~西郷隆盛との会話1~
④長州の興亡と日本の将来~桂小五郎との会話~
⑤地球を動かしているのは経済である~中岡慎太郎との会話2~
⑥亀山社中社長としての会社方針説明~竜馬の夢~
⑦薩長同盟へ~西郷隆盛との会話2~

 竜馬は入った。
 西郷は手をのばし、竜馬のためにざぶとんをすすめながら、
「夜中、なんの御用でごわすかな」
 と、この男にしてはめずらしく無用のことをたずねた。
 竜馬はだまっている。
 やがて火鉢のふちをつかみ、
「委細は桂君からききました」
 と、迫るようにいった。
「ほう」
「西郷君、もうよいかげんに体面あそびはやめなさい。いや、よい。話はざっときいた。桂君の話をききながら、わしはなみだが出てどうにもならなんだ」
 竜馬は、「薩州があとに残って皇家につくすあらば、長州が幕軍の砲火にくずれ去るとも悔いはない」という桂の言葉をつたえ、
「いま桂を旅宿に待たせてある。さればすぐこれへよび、薩長同盟の締盟をとげていただこう」
 竜馬はそれだけを言い、あとは射るように西郷を見つめた。

 筆者は、このくだりのことを、大げさでなく数年考えつづけてきた。
 じつのところ、竜馬という若者を書こうと思い立ったのは、このくだりに関係があるといっていい。
 この当時、薩長同盟というのは、竜馬の独創的構想ではなく、すでに薩長以外の志士たちのあいだでの常識になっていた。薩摩と長州が手をにぎれば幕府は倒れる、というのはたれしもが思った着想である。公卿の岩倉具視も思ったし、筑前藩庁に斬殺された同藩の志士月形洗蔵もそうおもいつづけてきたし、竜馬と同郷の中岡慎太郎などは、もっともそれを思った。
(中略)
 すでに、公論である。
 しかししょせんは机上の論で、たとえば1965年の現在、カトリックと新教諸派が合併すればキリスト教の大勢力ができる、とか、米国とソヴィエト連邦とが握手すれば世界平和はきょうにでも成る、という議論とやや似ている。
 竜馬という若者は、その難事を最後の段階ではただひとりで担当した。
 すでに薩長は歩みよっている。竜馬のいう、「小野小町の雨乞いも歌の霊験によったものではない。きょうは降る、という見込みをつけて小町は歌を詠んだ。見込みをつけるということが肝要である」という理論どおり、すでの歩み寄りの見込みはついている。
 あとは感情の処理だけである。
 桂の感情は果然硬化し、席をはらって帰国しようとした。薩摩側も、なお藩の対面と威厳のために黙している。
 この段階で竜馬は西郷に、
「長州が可哀そうではないか」
と叫ぶようにいった。当夜の竜馬の発言は、ほとんどこのひとことしかない。
 あとは、西郷を射すように見つめたまま、沈黙したからである。
 奇妙といっていい。
 これで薩長同盟は成立した。
 歴史は回転し、時勢はこの夜を境に倒幕段階に入った。一介の土佐浪人から出たこのひとことのふしぎさを書こうとして、筆者は、三千枚ちかくの枚数をついやしてきたように思われる。事の成るならぬは、それを言う人間による、ということを、この若者によって筆者は考えようとした。
 竜馬の沈黙は西郷によって破られた。
 西郷はにわかに膝をただし、
「君の申されるとおりであった」
 と言い、大久保一蔵に目を走らせ、
「薩長連合のことは、当藩より長州藩に申し入れよう」
といった。
 大久保は、うなずいた、
 締結の日が、即座にきまった。
 あすである。

『竜馬がゆく』ベストシーン・セレクション
(完)
『竜馬がゆく』ベストシーン・セレクション⑥
『竜馬がゆく』ベストシーン・セレクション
①貿易商社構想~勝海舟と薩摩官僚への提案~
②気概だけでは幕府は倒れぬ~中岡慎太郎との会話1~
③薩摩が大事か日本が大事か~西郷隆盛との会話1~
④長州の興亡と日本の将来~桂小五郎との会話~
⑤地球を動かしているのは経済である~中岡慎太郎との会話2~
⑥亀山社中社長としての会社方針説明~竜馬の夢~
⑦薩長同盟へ~西郷隆盛との会話2~

 亀山社中では、同志一同をあつめ、いわば日本最初の株式会社の社長としての社業方針のうちあわせをした。
「長州の下関にも支店をおきたいと思う」
 と、かれはいった。
 竜馬が奔走中に知ったことだが、下関をさかいにして東西の物価がひどくちがう、ということに気づいたのである。そこで下関に支店を置き、長州藩の応援を得て、下関通過の船の積み荷をかたっぱしからしらべ、その値をきき、大坂の値段との差をしらべる。そうすれば「いまどういう商品をどんな値段で出せばよいか」ということがはっきりしてくる。そういういわば科学的商況調査を土台にしつつ亀山社中が国内貿易をやればかならずもうかる、というのである。
「このため、下関では、阿弥陀寺(あみだじ、地名)の伊藤助大夫という藩御用の回船問屋に頼み、その者の屋敷を支店にするということに話はつけてある。むろん大坂にも支店をおく。大坂は薩摩藩の御用商人で土佐堀二丁目に問屋をもつ薩摩屋の店の一部を支店として借りるつもりだ。伊藤も薩摩屋も、それァいままでわれわれ商人の気づかなかったところだ、といって大いに協力すると申しておる。この支店を運営するために、社中のたれかが、下関と大坂に常駐してもらわねばならぬ」
 といった。みな、このきらびやかな構想にぼう然とした。竜馬がいう。
「とにかくはゆくゆくは亀山社中が百万石程度の藩の実力をつけねばならぬ。それをもって薩長を主導しつつ幕府を倒して新国家を樹立するのだ」
 さらに竜馬は「幕府を倒して政府ができてもみなは役人になるな。一方では海軍を興し、一方ではこの亀山社中を世界一の商社にする、そのつもりでやれ。もっとも倒幕活動や倒幕戦をやるうちに諸君のほとんどは傷ついたり死んだりするだろう。業なかばでたおれてもよい。そのときは目標の方角にむかい、その姿勢で斃れよ」といった。みな感奮した。