2年半楽しんだ広島から関西へ。こちらでも同じくらい過ごした頃、どちらのお好み焼きが美味しいか結論を出したいと思います。
長月(9月)のダイエット総括
 標記の件、下記にて報告申し上げます。

<計画>
12/31/07 77.5kg ダイエット開始
 1/31/08 75.0kg
 2/29/08 73.0kg
 3/31/08 72.0kg
 4/30/08 71.0kg
 5/31/08 70.0kg
 6/30/08 69.0kg
 7/31/08 68.0kg
 8/31/08 67.0kg
 9/30/08 66.0kg
10/31/08 65.0kg
11/30/08 65.0kg 維持
12/31/08 65.0kg 維持 ダイエット終了

<実績>
 1/31/08 74.5kg 達成/同月△3.0kg/累計△ 3.0kg
 2/29/08 72.8kg 達成/同月△1.7kg/累計△ 4.7kg
 3/31/08 71.8kg 達成/同月△1.0kg/累計△ 5.7kg
 4/30/08 70.6kg 達成/同月△1.2kg/累計△ 6.9kg
 5/31/08 69.8kg 達成/同月△0.8kg/累計△ 7.7kg
 6/30/08 69.0kg 達成/同月△0.8kg/累計△ 8.5kg
 7/31/08 67.8kg 達成/同月△1.2kg/累計△ 9.7kg
 8/31/08 67.0kg 達成/同月△0.8kg/累計△10.5kg
 9/30/08 65.8kg 達成/同月△1.2kg/累計△11.7kg

以上
Opus One Vertical Tasting
 Opus Oneオーパスワン、カリフォルニア・ナパバレーを代表する名高いワイナリーの試飲会がフランクリンで催されました。1998年のビンテージ品のリリース記念、という名目による試飲会です。
 Opus Oneは一本200~300ドル、ステータス代も含まれているにしても、なかなか手を出せない価格帯です。今回の試飲会では2002年から2005年までの4作品を楽しむことが出来るようです。3週間前にこの催しを知って、200ドルでチケットを購入。売り切れになるのが怖かったので家内への根回しなしに決済し事後報告しましたが、さすがにちょっとドキドキしましたね。
 今回、試飲会が開催されるのは東京、香港とここフランクリン。Opus Oneの試飲会、それもビンテージ品のリリース記念とあってワインの世界では特別視されるとして、開催地が東京と香港というのはわかりますが、何故フランクリンが世界の名門都市と並列になるのだろう、という疑問が浮びます。東京、香港ときたらアメリカならニューヨーク、そうでなくてもロサンゼルス、シカゴあたりになりそうですよね。
 開催要項にはフォルクス・ワーゲン主催という説明がありました。どうやらテネシー州チャタヌーガ市近郊に工場建設を決めた同社が、広告も兼ねて試飲会に一役買ったという背景があるようです。試飲会が催されたのはフランクリン市、クールスプリングスにあるフォルクス・ワーゲンのショールーム。なかなかいい車がありますね。背伸びをして買ってしまおうかな、とふと思ったりしました。
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 8人掛けの円卓に、Opus Oneと刻まれた石製の名詞置きに個々人のネームプレートが飾られるかたちで座席が指定されていました。この名詞置きとネームプレートはお土産として持ってかえることが出来ます。こういうちょっとした心遣いが嬉しいですね。
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 2002年のOpus Oneが運ばれてきました。
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 前菜はチーズの盛り合わせ。試飲会はディナーも兼ねられています。ワインは最高の状態に管理されているでしょうし、料理も相性を考慮した上で選択されているのでしょう。本当に幸せです。
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 左側がオレゴン州のブルーチーズ、右側がアイルランド、右奥がフランスのチーズ。

 本日のメニュー。
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 メインはビーフ(10mmほどの厚みにカットしたロースとビーフ)とホタテの薄肉巻き、ハーブ&バターソースのポテト(何層にもなっています)。
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 デザートはチョコレートとベリーの組み合わせ。
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 奥から2002年、2003年、2004年、2005年。
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 2005年は市場にこれから売り出されるとのこと。
「2005年のOpus Oneを世界で最初に飲むのは、ここに集まってくれた皆さんよ」
と司会者が述べると、会場がド~っと盛り上がり拍手喝さいとなりました。こういう意味付けが加わると一段と嬉しくなるものですね。
 美味しい食事に美味しいワイン、そしてワイン好きの人々との会話を楽しんで2時間の試飲会は幕を閉じました。こういう贅沢なひと時を過ごすのもたまにはいいなあ。

 同試飲会についての記事、またOpus Oneについての記事をウェブサイトより引用して下記に紹介します。

Vintner's Tasting
Wine Down Main Street Featuring Opus One Vertical Tasting
September 25, 2008
 Celebrating the release of its 20th vintage– the 1998– Opus One Winery held vertical tastings and gala events in both Tokyo and Hong Kong. Now, Franklin, Tennessee has the distinction of holding an Opus One Vertical Tasting Gala in celebration of the 8th annual Wine Down Main Street.
 On Thursday, September 25, the Wine Down Main Street Vintner's Tasting will take place at Hallmark Volkswagen on Bakers Bridge Avenue in Cool Springs. A limited number of tickets are available for this event priced at $200 per person. When Opus One comes to Franklin the festivities will begin with Champagne and hors d'oeuvres followed by the rare opportunity of tasting Opus One vintages 2002, 2003 and 2004 along with a specially prepared menu to complement each wine. Tickets to the Vintner's Tasting are available only at www.WineDownMainStreet.com.
 For the tasting in Franklin, Karen Matoian of Opus One will be one hand to discuss each of the wines being tasted. Opus One and Nashville-based Lipman Brothers distributors have joined forces to make this event possible. Proceeds from the ticket sales benefit the Boys & Girls Club of Franklin/Williamson County.
 This exceptional evening will conclude with a very special surprise wine served in a Riedel wine glass. The glass, along with a personal place card holder crafted from the stone from the Opus One Winery, will be a gift to each attendee.
 Baron Philippe de Rothschild, legendary proprietor of Château Mouton Rothschild, and renowned Napa Valley vintner Robert Mondavi, founded Opus One. By combining the great wine making traditions and innovations of both families, the founders' singular goal was to create an exceptional wine in the heart of the Napa Valley.
 Asserting its independence and achieving a keen balance between its partners, Opus One remains dedicated to uncompromising quality. Opus One's sole purpose is to express the vision and passionate spirit of its founders for generations to come.
 The partners agreed to choose a name of Latin origin, allowing for easy recognition in both French and English and any other language. Baron Philippe announces his choice, "Opus," a musical term. Two days later he proposes an additional word: "Opus One".

 オーパスワンは、カリフォルニアとボルドーのワイン界を代表する二人、ロバート・モンダビワイナリーの創業者ロバート・モンダビ(Robert Mondavi)とシャトームートンロートシルトのオーナー、バロン・フィリップ・ロスチャイルド(Baron Philippine de Rothschild)とのジョイントベンチャー(1979年)で生まれたボルドースタイルのワインです。ラベルには二人の横顔とサインが連なって書かれています。オーパスワン(Opus One)とは、音楽用語で「作品番号1番」の意味で、『一本のワインは交響曲、一杯のグラスワインはメロディのようなものだ』、という考えのバロン・フィリップが命名したものです。二人の頭像が重なりったオーパスワンのラベルをよく見ると、その下にはモンダヴィ、バロン・フィリップのサインが書かれているのがわかります。
 この夢のプロジェクトの最初の予算は1,000万ドルから1,300万ドルでしたが、事前の土壌検査で、ワイナリー建設予定地が実は地熱温泉の真上にあり、土壌の温度を約22℃迄押し上げていると言うことがわかりました。 夢をどうしても実現させたかったモンダヴィは800万ドルもかけて土地を密封し、セラーを緩衝材で取り囲んでわざわざ冷やすという方法を取りました。またブドウを自然の重みで圧搾してブドウ果汁(=ワイン原料)とするため、ワイナリーの上方で受けられたブドウがポンプを使用しないで、重力だけで地下のタンクまで流れて行くシステムを作りました。外から見るとこの宇宙船のようなモダンなワイナリーは、ピラミッドのように盛り上がった土手で囲まれたようにも見えます。1991年に最終的にワイナリーが完成した時の初期投資金額は、2,550万ドル(=約27億円)にも達していたそうです。
 気の遠くなるような建設費用コストとは別に、オーパスワンはスタートからつまづきました。それは1990年にぶどう畑を襲ったフィロキセラ害虫問題です。近辺のワイナリーと同様オーパスワンもこの病気のため、殆どのブドウの台木をフィロキセラに強い台木に植え替えられなければならず、完全に植え替えるのに5~7年の年月と3百万ドルの費用を費やしました。しかしモンダヴィは意気軒昂です。「フィロキセラ問題は、我々は運が悪かっただけだよ。本当はワイナリーのコストオーバーの方がずっと辛かった。みんなすごいプレッシャーを感じていたよ。我々は何でもやった。我々の求めるワインを作る為に。そう、金は使った。みんなクレージーだと言ったよ。いずれわかるよ。あと数百年経てば。」 因みにパートナーのバロンフィリップは、1988年に亡くなりましたが、一人娘のバロネス・フィリップ・ロスチャイルドが後を継ぎ、ムートン社の技術担当者を派遣し、モンダヴィ社の技術者と協力して、オーパスワンの品質向上に情熱を注いでいます。
 1979年物と1980年物のオーパスワンが初めて市場に売りに出された時、その価格は50ドルでした。当時の高級カリフォルニアワインの価格が一本15ドルから20ドルであったにもかかわらず、です。この目の玉が飛び出るような値段に、あるワイン批評家は“Opus won!”(オーパスが勝った!:英語の発音はラベルと同じ”オーパスワン”になる)と評しましたが、モンダヴィ社の製造責任者ティム・モンダヴィは、「品質は優れている(Excellent)どころか完璧(Perfect)なのだから」と、当然のように言い放ったと伝えられています。
友人が南アルプスを縦走しました
 友人から「南アルプスを縦走した」というメールが届きました。
 じゃあ写真を送ってよ、ブログの記事にしていい?と彼の許可を取ったうえで、ここに気に入った写真を何枚か紹介します。

 夏山縦走はこの風景からスタートしますね。登山口からじわじわと高度を上げて歩いていくと、汗が吹き出て喉が渇いた頃に、綺麗な沢に出合うんです。
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 大樺沢の雪渓を登りきったところで撮った一枚、とのこと。
「撮影場所は二俣より上でいわゆる左俣コースです。向かって左歩行を手前に登ると北岳バットレス」
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 私は雪渓歩きは経験がありません。勉強しないとなかなか踏み込めない世界です。

 夏山は高山植物の宝庫です。綺麗だな、としみじみと思えるんですね。都会にいるより心がピュアになるのかなあ。
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 富士山の次に高い「北岳」。写真の中に入りたい!
 正面に見えているのは間ノ岳です。
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『北岳の歌』
想いはるかな 北岳の
憩いの峰に 集(つど)いたる
我等が友よ 高らかに
いざや歌わん リード・ハイマート

 学生の頃に所属していたワンダーフォーゲル部で、入部してすぐに教え込まれた山の歌の一つがこの『北岳の歌』でした。CDやテープを使って覚えるのではなく、二年生が一年生に歌って聴かせるので音痴な先輩から教わっても、そのまま覚えてしまいます。そして次の学年には、聞いて覚えたままのメロディーで教えていきます。なので、部内では同じ曲が5つも6つものメロディーで歌われているんですね。お互いに「それはへんだ」と言いながら。『北岳の歌』の正確なメロディーは未だに知りません。

 深田久弥著『日本百名山』の中で、北岳は次のように紹介されています。
「日本で一番高い山であることは誰でも知っているが、第二の高峰はと訊くと、知らない人が多い。北岳だよと教えても、そんな山はどこにあるかといった顔つきである。
(中略)
 汽車からもっともよく見えるのは、中央線の笹子トンネルを抜け、勝沼から甲府盆地へ駆け下るしばらくの間である。盆地を距てた真向こうの空を仕切って、白峰三山が威厳と優美を兼ねて連なっているのを望んでは、山の好きな人で胸の高鳴らぬ者はあるまい。
 三山のうちの最高峰が、一番北に位置する北岳であって、(中略)少なくとも二百年前から北岳の存在は歴として認められていたのである。
(中略)
 この北岳の高潔な気品は、本当に山を見ることの好きな人だけが知っていよう。白峰三山の中でも、北岳は形がスッキリしていて、清秀な高士のおもかげがある。南の間ノ岳や農鳥岳から見ても立派であるが、少し近すぎる。むしろ北の駒ケ岳やアサヨ峰まで退いて望んだ時の北岳の姿は、まさに絶品である。キツと天を突くような鋭い頭角をあげ、颯爽として軽簿でなく、ピラミッドでありながら俗っぽくない。惚れ惚れするくらい高等な美しさである。富士山の大通俗に対して、こちらは哲学的である。
(中略)
 私が頂上に立ったのは、十月半ばすぎの奇麗に晴れた午後おそくだった。その朝私たちは池山小屋を出発して、吊尾根と呼ばれる山稜を辿った。急坂を登りきって、ハイ松の敷いている緩やかな広い尾根へ出た時、ひょっこり北岳が私たちの前に現れた。ずっとそれまで隠れていた峰が、あまりにも不意に、あまりにも高く、あまりにも近く、私たちを驚かすように姿を見せた。
(中略)
 頂上は静かだった。ソヨとの風もなかった。北岳の大きな三角の影が、大樺沢を距てた向こう側の山に次第に這い上がってきた。澄んだ空に、富士山はもちろん、南アルプスの山々が、私たちを取り巻くように勢揃いしていた。頂上の至福であった」

南アルプス航空写真
(同写真はウィキペディアより引用)

 北岳山荘から間ノ岳を見上げます。久しぶりにテントで生活したいなあ。
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 夕方、寒くなってきたテントの中で湯を沸かすと、一気に気温が上がって気持ちいいんです。インスタントラーメンを食べた後に夕日を見ながら吸う一服が最高なんですね。そして紅茶にウィスキーを少し垂らしてもう一回暖まって寝袋に入ります。これは夏山というより秋山での行動パターンかな、、

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 雲海に浮ぶ富士山。
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 間ノ岳から望む北岳。手前に北岳山荘が見えています。
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 間ノ岳山頂は残念ながらガスの中だったようですね。
 友人が背負っていたアタックザック。今はこれをかついで縦走する自信ないなあ。とてもゆっくりしたペースでもかなり心拍数が上がると思います。
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 いい一枚ですね。
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「記憶が定かではないが大門沢下降点付近より広河内岳、中央奥が塩見か」
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 下山したら「ざるそば」か「カツどん」ですね。
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「その後南ア北半分を一週間ほど廻り、今夏は取り敢えずほぼ南ア全山歩きました」
とのこと。すごいですね。

 色々な山を歩きましたが、北も南もアルプスへ行ったことがありません。是非とも見てみたい世界です。何年先になるかわかりませんが、友人に案内してもらおうと思っています。
美味しい想い
 司馬遼太郎記念館を訪れた後、大阪市内にある家内の実家へ。
 父、母、妹、2歳の姪の暖かい歓迎を受けます。アメリカで待っている家内に
「いいなあ、自分だけズルいなあ」
と何回も言われてしまいました。
 夕食に準備しておいてくれたのは手巻き寿司。テネシーでは、なかなか生の魚を食べれないから、と気を使ってもらいました。

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 手前のエンガワは
「これは梅太郎君(実際はこう呼ばれていないですよ)用やから」
ということなので、遠慮しないで全部頂いてしまいました。大の好物なんですね。

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 鰻と卵って「どうしてここまで?」と言うくらい合いますよね。
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 白いご飯はおひつに入れてくれました。
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 そして天ぷらも。お母さんのかき揚げが最高なんです。
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 茄子はそろそろおしまいでしょうかね。

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 楽しく食べて飲んで、幸せなひと時を過ごす事が出来ました。
 
 お父さん、お母さん、妹よ、姪よ。
 ありがとう。また行きますのでよろしくね。
司馬遼太郎記念館を訪れました
 東大阪市(近鉄奈良線の河内小阪駅と八戸ノ里駅の間)にある司馬遼太郎記念館を訪れました。
 アメリカで出会った友人、Yoshiさんhttp://miscyoshi.blog87.fc2.com/の影響で司馬作品に魅了され、記念館には今回で3回目の訪問となりました。なお、Yoshiさんも3回訪問されています。
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「記念館は、司馬遼太郎の自宅と安藤忠雄さん設計の建物で構成されています。正門を入れば雑木林風の庭が皆さんを誘います。小さな庭ながら司馬遼太郎が好きだった四季折々の自然のイメージを演出しています。途中、生前のままに保存された書斎を窓越しにご覧いただけます」
(司馬遼太郎記念館ウェブサイトhttp://www.shibazaidan.or.jp/index.htmlより引用)
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 司馬遼太郎の書斎。
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 東京が展示テーマとなっているという情報をYoshiさんから得て、訪問をとても楽しみにしていたのです。
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「今回は『街道をゆく』で司馬遼太郎が訪ねた東京をとりあげます。
司馬遼太郎は「赤坂散歩」「本所深川散歩」「神田界隈」「本郷界隈」の四編を通じて、江戸市街のなりたちから江戸文化の背景、そして近代化をめざす明治国家が欧米の文明を地方へ配る「文明の配電盤」としての役割を果たした東京を描きました。
 展示では、取材ノートを初公開します。また、参考にしたという江戸切絵図、構想を喚起するメモ書きのある地図、明治の風俗を知るために参考にした最初のグラフ誌といえる「風俗画報」や自筆原稿も展示し、執筆の背景を浮かびあがらせます。ほかにも、俳句分類の覚え書きといえる正岡子規の自筆「俳句分類集冬の部断簡」や壁面には明治41年の地図をベースに、現在の赤坂、本所深川、神田、本郷の風景写真を引用文とともに重ね合わせ、東京を立体的に表現します。 」
(司馬遼太郎記念館ウェブサイトhttp://www.shibazaidan.or.jp/index.htmlより引用)

 館内のホールでは「赤坂散歩」をテーマとした映像が放映されていました。東京に立ち寄れる機会には、ゆっくりと司馬遼太郎が歩いた赤坂を散策してみたいと思います。

 4回目の訪問は来年の夏かな。
 Yoshiさん、4回目のレポートお待ちしております。生涯パスがあれば購入しますよね。