2年半楽しんだ広島から関西へ。こちらでも同じくらい過ごした頃、どちらのお好み焼きが美味しいか結論を出したいと思います。
富山ブラック発祥の店
富山ブラックをその発祥の店で体験。
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とにかく濃い!つけ麺のスープの中に麺が入っている感じです。
卵かけご飯に醤油のかわりにこのスープをかけたらとても美味しそう。
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ひかみカントリークラブ@兵庫
いつも遊んでる吉川・三田周辺ではなく、そこから丹波・篠山方面にグングン走り「ひかみカントリークラブ」へ。
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ネットでは次のように紹介されています。
「ひかみカントリークラブは、関西はもちろん日本有数のフラットな林間コースとしてゴルファたちに親しまれています。
1年を通して常に快適なプレイを満喫していただけるグリーン整備。コースには、樹齢50年を超える松や杉の木立に野鳥たちの
遊ぶ姿も。また、これらの木立の下も手入れが行き届いており、チャレンジスプッリトあふれるプレイが楽しめます。
この自然の造形を活かした18ホールは、日本ゴルフ界の偉才・中村寅吉プロの手による自信のコース設計です。
ビギナーからベテランまで、それぞれのコース攻略法とともに多彩なゲーム展開をお楽しみください。」

成績はというと。。。

<2015年>
1回目 139
2回目 127
3回目 124
4回目 122
5回目 113
6回目 114 ←今回
交野山トレッキング
朝から長男がサッカーの試合だったので、次男、家内と自分はトレッキングに出かけました。
生駒から車で30~40分くらい走り、交野山(こうのさん)の登山口駐車場に到着。
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しばらく登り続けたのに今度は下り。
「せっかく登ったのになあ。ここで下ったら、(頂上まで行った)帰りにまた登らんとあかんやんなあ」
と次男。
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鳥居をくぐり、岩場にかかったハシゴを二つほど越え、玉のような汗を落としながら歩を進めると、大岩が目印の頂上へ到着。
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南方の生駒山方面。
「一番向こうの山の下にお家があるんだよ」
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交野・枚方方面をバックに。
交野山はわずか標高341mですが、低山っぽくないルートと景観を楽しむことが出来ました。
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この辺りには関東甲信越のように派手な山がごろごろしているわけではありませんが、手軽に遊べるところがいろいろあります。
季節ごとに遊びたいですね。
司馬遼太郎が描く幕末・明治人物群像~松平容保~
1835~93 会津二十三万石藩主、幕末京都守護職、戊辰戦争で落城、日光東照宮宮司。58歳没。

・・・(もはやわからぬ)と、容保(33歳)は、江戸藩邸の奥で疲労をやしないながら思った。慶喜のやり方が政治というものであった。容保にはそれを理解する能力がなかった。・・・慶喜はそういう容保と会津藩を、今後の対朝廷対策上の邪魔者とした。
(会津は血でよごれすぎている)
事実そうであった。京の巷では長州系の志士を斬り、元治元年の蛤御門の変では来襲してきた長州軍をむかえ討って潰走させ、鳥羽伏見の戦いでは先鋒を承って奮戦した。

・・・容保にいわせればそれらはことごとく京都守護職の職務であった。容保はただそれを忠実に遂行したにすぎなかった。しかもその職は容保が望んだものではない。当初、再三再四にことわったにもかかわらず、慶喜と越前福井候松平春嶽が、懸命に説得したためやむをえず就任した職ではないか。
政治のふしぎさはそれだけではない。容保を説得してあの困難な職につかしめた春嶽の福井藩は、いまや薩長の驥尾に付して官軍になり、春嶽は京都における維新政府の議定職になっていた。容保は江戸に帰ってほどなく、江戸城登城を禁じられた。その後更に
「遠く府外へ立ち退くべし」という慶喜の命が伝えられた。
(どういうことだ)と、容保は、もはや政治というものがわからなくなっていた。

・・・なんすれぞ大樹 連枝をなげうつ
   断腸す 三顧身を持する日を
   涙をふるう 南柯夢に入るとき
   万死報国の志 いまだとげず・・・
京都訪問~坂本龍馬~
ここからは「坂本龍馬」をテーマに高瀬川界隈を散策します。

土佐藩邸跡。
後藤象二郎と面会するために坂本龍馬はここをよく訪ねました。
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土佐藩邸の中にあり、今も残されている土佐神社。
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坂本龍馬が晩年、宿としていた「酢屋(すや)」。
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リフォームされていますが、建物のベースは当時のまま残されています。
土佐藩邸から徒歩5分。池田屋まで徒歩2分。
二階はギャラリーになっていて見学可。
龍馬が大政奉還を目指して仕事をしていていた、まさにその部屋で想像を膨らませました。

以下、司馬遼太郎著『竜馬がゆく』より引用します。

翌日、竜馬は京に入った。
京での足場は、相変わらず藩邸を用いない。
「酢屋」
という屋号の商家である。ここは土佐藩邸出入りの材木屋で、竜馬はここをもって海援隊京都本部とさだめた。場所は河原町三条にちかい車道である。

以上、引用。

坂本龍馬遭難の地、近江屋跡。
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高瀬川界隈を散策した翌々週に、寺田屋を見学しよう、と伏見を訪れました。

近鉄戦の桃山御陵前から歩を進め、月桂冠の本社を通り過ぎるとほどなく寺田屋に到着。
ここは現役の旅館で素泊まり一泊6,500円とのこと。
坂本龍馬は夜中に寺田屋で襲われ、何とか脱出して、小川沿いの材木小屋に身をひそめて一時を過ごし、薩摩藩邸に逃げ込みます。
このルートを歩いてみることにしました。

以下、司馬遼太郎著『竜馬がゆく』より引用します。

ともあれ、盟約成立の翌朝、桂は京を発って帰国の途についた。薩摩側もこの日、国もとの島津久光に報告すべく、大久保一蔵が京を発っている。
竜馬はそのまま一両日滞留して事務を片づけ、そのあと京を去って伏見へむかった。
寺田屋で待っている三吉慎蔵に事の成功をくわしく報らせてやるためであった。
竜馬が伏見に入り、宝来橋のそばの寺田屋についたのは、子ノ刻である。
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午前零時であった。
(中略)
伏見奉行のほうでは、今夜、京都方面から手配中の坂本竜馬がくだってきて伏見寺田屋に入った、ということはすでの偵知ずみのことであった。
(中略)
包囲がほぼ完了したのは、午前三時ごろである。
竜馬は浴衣の上に綿入れをかさね、なお三吉慎蔵を相手に飲んでいた。
(中略)
おりょうは竜馬と慎蔵の寝床をとったあと階下へおり、廊下を渡って湯殿へ行った。
(中略)
ゆっくりと戸をあけ、なかに入り、鉄砲風呂のふたをとった。
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濛(もう)、と湯気があがり、薄暗い湯殿行燈が、いっそう暗くなった。
奇妙なことに気づいた。
湯気が、流れているのである。
(なんだ。・・・・・)
と、おりょうはわれながら、自分のうかつさがおかしくなった。窓があいている。
窓は裏通りに面している。
おりょうは手をのばしてそれを閉めようとして、あっと声をのんだ。
裏通りに、びっしりと人がならんでおり、提灯が動いている。
(捕吏。―――)
と思ったとたん、おりょうはそのままの姿で湯殿をとびだした。自分が裸でいる、などは考えもしなかった。
裏階段から夢中で二階へ上がり、奥の一室にとびこむや、
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「坂本様、三吉様、捕り方でございます」
と、小さく、しかし鋭く叫んだ。
(中略)
やがてどかどかと三十人ばかりがあがってきて、隣室、廊下にびっしりと押しならび、槍ぶすまを作った。
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捕吏が叫んだ。
「松平肥後守(容保・会津藩主・京都守護職)様上意である。神妙にせよ」
(中略)
こうなっては乱戦にもちこんで活路をひらく以外にない。
乱戦をひきおこすには、短銃をぼっぱなすにかぎると思い、懐中からその銀色にひかるずしりとした物体をとりだし、カチリと撃鉄をおこした。
(中略)
とにかく竜馬は悪鬼羅刹のようになって荒れくるったが、なにぶん敵の数が多く、折りかさなるようにして打ちかかってくるため、さらに短銃を発射して敵をおどした。
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(中略)
おりょうは。
この娘の行動は、竜馬にも、お登勢にも、敵方にもわからなかった。
彼女は階下で着物を着、腰ひもをむすぶなり、帯を手にもち、そのままはだしで裏口から路上にとびだした。
飛びだすなり、五、六人の捕吏を突きとばして真っ暗な道を駆けだした。
伏見の薩摩屋敷に急を報らせようとしたのである。この場合、これほど適切な行動はなかった。
(中略)
「引きあげるのだ」
と、(竜馬は)三吉慎蔵の袖をとらえ、足音をしのばせて廊下に出た。じりじりとさがると、そこは裏階段になっている。
幸い、真暗なために敵は気づいていない。
(中略)
幕吏をまくために横町にそれこみ、ちょうど高知城下でいう新堀といった風景の一角に出た。堀があって水門がある。
水門のむこうは、材木置場である。
「あの木場にまぎれ込みましょう」
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(中略)
「自分を置いて薩摩屋敷に走れ」
といったのだ。うまく走り込めば竜馬もたすかる。この上は慎蔵という男の運にたよる以外にはない。
(中略)
大山彦八は、(薩摩屋敷の)裏口に出た。
裏口は川に臨んでいる。そこに小舟がつないであり、すでに藩旗がひるがえっていた。
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「三吉氏、かならず坂本氏を連れもどりますゆえ、暫時お待ちあれ」
大山彦八は舟に乗った。
(中略)
一同は竜馬の前後をかこんで岸にゆき舟にのせ、目だたぬように舟底に寝かせ、さらに岸から見えぬようにござをかぶせた。
「なんだか死骸になったようじゃ」
と、竜馬は笑いだしたが、さすがに声に力がない。
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舟をいそがせて藩邸の裏にもどり、なかへ運びいれ、裏の一室をあけてそこへ寝かせた。おりょうはすぐ着衣をかえさせ、傷の手当てをはじめた。

以上、引用。

次はどんな散策をしようかな。